古代魚の分岐年代推定

年代推定は分岐のタイミングも教えてくれる

生物の進化の道筋をあきらかにする上で,系統関係の他にも,それぞれの系列がいつ分岐したのかが重要な問題となる.もちろん古代魚がそれぞれ何年前に分岐したのかも興味があるが,なんと言っても Inoue et al. (2003) において系統関係の解明が困難であった古代魚 3 系統 (チョウザメ類,ガーパイク類,アミア) の分岐が,はたしてどれぐらいの間隔をおいて (どのようなタイミングで) 分岐したのか気になる.

 合計 37 個もの遺伝子からなるミトコンドリアゲノムの解析は,古代魚の分岐年代推定に対しても期待されるところが大きかった.それは,1 つの遺伝子から得られた配列データに基づいて年代推定を行うよりも,多数の遺伝子から得られた配列を解析する方が推定値の誤差が補正されやすいと考えられるためである.

年代推定の解析が充実したのはつい最近である

しかし我々が Inoue et al. (2003) の論文を公表した時点では,せっかく条鰭類根幹の系統関係を提示するだけのデータが出そろったというのに,そう簡単に分岐年代推定を行うことができなかった.それは,Inoue et al. (2003) の図においてそれぞれの枝の長さに大きな差があることを見ても明らかなように,解析に用いた分類群の間で見られた分子進化速度のバラツキが分子時計を考えるには無視できない範囲であったためである.

 最近になって東京大学の岸野先生のグループによって開発されたベイズ法に基づく年代推定方法 (Thorne and Kishino, 2002 など) によって,ようやくこの問題点はおおよそ克服された.詳細は省くが,岸野先生のグループが開発した年代推定方法はベイズ法に基づいて各枝の長さを調節する他に,化石記録に基づく多数の較正点を利用できるという画期的なものである.我々はいち早くこのベイズ法に基づく年代推定方法を Inoue et al. (2003) で用いたミトコンドリアゲノムのデータセットに適用し,古代魚を中心とした条鰭類の分岐年代を推定した (Inoue et al., 2005).

推定された古代魚分岐のタイミング

すると予想していたように,チョウザメ類,ガーパイク類,アミア,真骨類を結ぶ分岐は,3 億年を超えるその長い歴史から考えると石炭紀の約 1 千 500 万年というごく短期間に生じたことが示唆された.これではどんなに解析に用いる配列を増やしても,古代魚 3 系統の分岐を解明する情報が簡単に得られないはずである.一方でポリプテルス類の分岐から条鰭類における 2 番目に古い分岐までは,約 5 千万年と比較的時間があいている.このことからも,条鰭類に含まれるかどうかはわからないが,ポリプテルス類が他の条鰭類とは大きく異なるグループであることがうかがえる.Inoue et al. (2005) では解析されなかったが,肺魚類と四足類を分岐年代推定の解析に加えることで,肉鰭類とポリプテルス類の分岐が同様に短期間に生じたのかどうか検討することができるだろう.


これまでの分子分析による推定値とは一致

Inoue et al. (2005) では古代魚 3 系統と真骨類の分岐年代が 343/376 Mya と推定され (図),真骨類の最初の分岐であるアロワナ類と Elopocephala の分岐が 285/334 Mya と推定された (それぞれアミノ酸/DNA 配列の解析結果).これらの推定値は,分子時計を仮定した方法を用いてミトコンドリアゲノムに存在する ND2 遺伝子と cyt b遺伝子のアミノ酸配列 (723 残基) に基づいた解析から得られた値 (アミア-真骨類,404〜367 Mya: Kumazawa et al., 1999; アロワナ類-Clupeocephala,341〜335 Mya: Kumazawa and Nishida, 2000) より若干新しい年代であった.

化石記録に基づく推定値を大きく上回っていた

ミトコンドリアゲノムデータの解析によって推定された条鰭類内部の分岐年代は,古代魚に限らず全体的に化石記録に基づく推定値よりもずっと古い値であったことにも注目したい.真骨類の最初の化石はジュラ紀後期 (235 Mya) より発見されており (Benton, 1997),Inoue et al. (2005) で推定された真骨類最初の分岐年代 (285/334 Mya) はこれを大きく上回っている.ミトコンドリアゲノムには 37 個もの遺伝子が存在し,これらの遺伝子から得られた配列データに化石記録から得られる情報を最大限盛り込んだ最新の解析方法によって年代推定を行っているため,分子データに基づく Inoue et al. (2005) の解析に問題があったとするよりも,真骨類の化石記録に長期に渡る欠失があると考えて良さそうである.実際,真骨魚類の化石の保存性は必ずしも高くないことが Benton (1997) によって指摘されている (Kumazawa et al., 1999).


より詳しい説明は,英語バージョンをご覧下さい

Inoue, J. G., Miya, M., Venkatesh, B., Nishida, M. 2005. The mitochondrial genome of Indonesian coelacanth Latimeria menadoensis (Sarcopterygii: Coelacanthiformes) and divergence time estimation between the two coelacanths. Gene 349, 227−235.