ウナギ大回遊の進化的起源は深海だった
2010 年 1 月 10 日 改訂
井上 潤(University College London)・宮 正樹・佐土 哲也(千葉中央博)・
波戸岡 清孝 (大阪市立自然史博)・Hanel,Reinhold(University of Kiel)・
峰岸 有紀・Miller,Mike・
青山 潤・西田 睦・塚本 勝巳 (東大海洋研)

未だなぞに包まれたウナギの産卵場

淡水域に生息するウナギ (ウナギ科・ウナギ属) は海域で産卵する.とくにニホンウナギは,日本の淡水域からから 3000 km 以上離れたグアム島沖まで産卵のために大回遊を行う.綿密な調査により産卵場がほぼ特定されてはいるが,淡水域から産卵場に向かうウナギはほとんど発見されないうえに,ウナギの産卵行動は未だに観察されていない.ウナギ回遊環は生物界でも有名な「Missing-link」であり続けている.産卵場表層域の徹底した調査を行っても親ウナギが発見されないことから,彼らが表層域以外で産卵している可能性が 90 年代後半から疑われるようになった.深海域である.


産卵場と進化的起源

産卵場と成育場を行き来する回遊環をもつ生物の進化的起源は,産卵場の環境であることが多い.もしウナギが深海で産卵しているなら,ウナギ回遊環の進化的起源は深海域と考える必要がある.しかし,我々は淡水域に生息するウナギにあまりに慣れ親しんできたため,ウナギ大回遊の深海起源説をまじめに取り組んだ研究はなかった.我々が専門とする分子系統解析は,生物の歴史を解明するのに最も有力な方法の一つである.

ウナギ大回遊は深海起源であった

全世界に 19 種亜種が生息するウナギ科魚類は,ウナギ目魚類に含まれる.ウナギ目魚類は浅海域から深海域にまで生息しており,これまでの形態データに基づく初歩的な研究からは,ウナギ科は浅海域に生息するザトウウナギ科に近縁と漠然と考えられてきた.
 15 年以上にわたるウナギの生態・進化研究の過程で,我々は全世界のウナギ 16 種 3 亜種とウナギ目全 19 科の DNA サンプルを入手することに成功した.そして,これまで数々の難問を解決してきたミトコンドリアゲノム解析を行ったところ,ウナギ科魚類は外洋中・深層に生息するフウセンウナギ類,シギウナギ科,ノコバウナギ科からなるクレード内部に分岐することが,高い統計的値で支持された.このことは,ウナギの進化的起源が深海にあることを強く示唆していた.


ウナギの産卵場は深海か

進化的起源と産卵環境が一致するとは限らない.しかし,最も研究のすすんだニホンウナギでは,耳石と海流から得られる情報に基づく大規模な調査から,産卵場所がほぼピンポイントで絞り込まれている.もしウナギの産卵環境が深海にあるならば,範囲がここまで限定された今,ウナギの産卵行動を観察できる日は遠くないだろう.生息域を淡水域にまで伸ばしたウナギは,未だ深海で産卵を行っているのだろうか.

* 2009 年にウナギの卵が採集され,産卵場は 150-200m と推定されています (Tsukamoto et al. 2011).


Inoue, J.G., Miya, M., Miller, M.J., Sado, T., Hanel, R., Hatooka, K., Aoyama, J., Minegishi, M., Nishida, M., Tsukamoto, K. 2010.
Deep-ocean origin of the freshwater eels. Biology Letters, 6, 363-366. [Open Choice]