レプトケファルスの起源: 奇妙な形態はどこから来たか ?

親を見るか仔魚を見るか

カライワシ類 (Elopomorpha) と呼ばれる魚類の大きな分類群には,ウナギ,カライワシ,ソコギス,フウセンウナギなど様々な形の魚が含まれています.これらカライワシ類は,幼生期にレプトケファルスとなることだけを根拠に進化的にひとまとまり (単系統) になると考えられています.しかしながら,成魚の形態形質を重視する研究者は,カライワシ類とひとくくりにされる魚たちはそれぞれ別のルーツをもち,系統的に一つとするのはおかしいと考えていました
 つまり,そもそもカライワシ類という枠組み自体が存在するかどうかが問題でした.「親を見るか仔魚の形に注目するか」で意見が分かれていたのです (Inoue and Miya, 2001).




レプトケファルスは他人のそら似ではない

この議論に決着をつけたのは遺伝子の解析でした.私たちは,カライワシ類を中心とした下位条鰭類の主要グループを網羅するように研究標本を選び,ミトコンドリアゲノム全長配列を決定し最新の系統解析を行いました.その結果,カライワシ類が単系統であることを再現性のあるデータに基づいて初めて示すことが出来ました (Inoue et al., 2004).レプトケファルス幼生は他人のそら似ではなく,カライワシ類の共通祖先がもともともっていた特徴だったのです.それが,その後に出てきたウナギやアナゴなどにも連綿と引き継がれてきたことが初めて示されたのです.

 さらに,混乱を極めていたカライワシ類 4 目の系統関係も,遺伝子の解析はきれいに解き明かしました.尾鰭が二叉するカライワシ目とソトイワシ・ギスは予想通り祖先的な位置で分岐する一方,細長い体形のウナギ目はカライワシ類内部では比較的最近になって出てきたグループであることが示されたのです.

 また一方で驚くべきことには,ウナギに最も近縁なのは,形が良く似ているアナゴやウツボではなく,ウナギとは形も生態も似ても似つかぬフウセンウナギ目であることがわかりました.今回の解析を見ると,降河回遊を行うウナギが深海に生息するフウセンウナギなどと共に深海性の祖先を持つ可能性も出てきたのです.直ちにウナギの祖先が深海魚であったとはなかなか信じがたいことですが,今後より多くのウナギ目の魚類を含めて,さらに詳細な解析をしてみたいと考えています.




レプトケファルスの起源

レプトケファルスという奇妙な形の仔魚は一体いつごろどのようにして出てきたのでしょうか.進化的な起源を探るには系統的位置の他にも分岐年代を推定しなければなりません.そこでミトコンドリアゲノムデータにあらゆる化石情報を組み込み,最新の年代推定解析を行ったところ,レプトケファルスの起源は 3 億 1 千万年前から 2 億 3 千万年前の間と推定されました (Inoue et al., 2005).

 さらにこの系統樹に現生種の生息域を照らし合わせて,生活史の進化を考えてみます.カライワシ類よりも分岐の古い,いわゆる古代魚は,海に進入するチョウザメを除くとほとんどが淡水域に生息しています.また,化石記録によると一部の古代魚は海にも生息していたようですが,現生種の情報を重視するならば,真骨類の祖先種は淡水域に生息していたと考えて良さそうです.その真骨類の祖先種が淡水から海水への進入する際になんらかの必要性があって身につけたのがレプトケファルスという仔魚期の形態だったと考えられます.

 レプトケファルス幼生の特徴である柳葉状の体形は浮遊適応と考えられ海の長旅を可能にしています.同時に,レプトケファルス幼生は体液濃度が海水とほぼ同じであるため,カライワシ類は仔魚期まで通常の魚類が行う浸透圧調節機能を発達させる必要がありません.レプトケファルス幼生期を持つことによる浸透圧調節機能の発達の遅延は,魚類の祖先が海へ進出する際にとった戦略であったとする研究者もいます.

 

 レプトケファルス幼生の起源は本当に 3 億年前に淡水から海へ進入した真骨類祖先種にあったのでしょうか.DNA の分析は,3 億年前の魚類の勇敢な "挑戦" を,別の角度から考える良い機会を与えてくれました.


Inoue, J. G., Miya, M., Venkatesh, B., Nishida, M. 2005. The mitochondrial genome of Indonesian coelacanth Latimeria menadoensis (Sarcopterygii: Coelacanthiformes) and divergence time estimation between the two coelacanths. Gene 349, 227−235.

Inoue, J. G., Miya, M., Tsukamoto, K., Nishida, M. 2004. Mitogenomic evidence for the monophyly of elopomorph fishes (Teleostei) and the evolutionary origin of the leptocephalus larva. Molecular Phylogenetics and Evolution 32, 274-286.

Inoue, J. G., Miya, M. 2001. Phylogeny of the basal teleosts, with special reference to the Elopomorpha. Japanese Journal of Ichthyology 48, 75-91 (in Japanese with English abstract).